home ホーム  >  子育て情報誌 > 「いじめから見えてくるもの」


「いじめから見えてくるもの」

明治大学文学部教授   諸富 祥彦
〜 わが子のあゆみ・634号より より 〜
写真はイメージ(本文とは関係ありません)

はじめに

 学校でのいじめや、それに続く自殺の問題がマスコミを賑わしています。教育臨床心理学を専門としている私も、テレビや新聞でいじめの問題についてコメントする機会があります。またこの問題にどう取り組むか、対処法の是非をめぐって、さまざまな場所でさまざまな議論がなされています。

 私は、いじめがもっとも深刻だと思われる公立の中学校において今年の3月まで二十一年年ほどスクールカウンセラーをしていました。カウンセリングルームにいて、いじめにあった子ども、仲間はずれにされている子どもの訴えを聞かない日はありませんでした。今は、その近隣の公立高等学校においてスクールカウンセラーをしています。

 また、当然ながら、大学教員として、別の大学では学生相談のカウンセラーとして、大学生の悩みも聴いてきました。するとわかるのが、大学生になって「死にたい」と訴えたり、実際に、自死を試みたりする子どもの少なからずが、小学校や中学校においていじめられた体験を持っている、ということです。特に中一、中二の時に受けたいじめによるトラウマが尾を引いて希死念慮につながるケースが少なくありません。

 このように、いじめの後遺症は何年も何年も続きます。いじめの十年後、二十年後に心の傷で自殺される方もいるのです。また、自死をしなくとも、いじめで傷ついた自尊心を回復することはたいへん難しいものがあります。そこで低下した自尊心の影響で、ずっと友人ができず、そのために大学を中退したり、会社を辞めたり、恋愛や結婚ができなくなったりすることも少なくありません。

 このように、いじめは、何よりも、いじめられた人のその後の人生を大きく変えてしまうのです。いじめはいじめた側にとっては、小さな快楽的な出来事にしかすぎませんが、いじめられた側にとっては、まさに、一生を大きく左右するものだと言えるでしょう。だからこそ、いじめの問題は重要なのです。絶対に許してはならないことなのです。 本稿では、こうした私のカウンセラーとしての体験をもとに、現代のいじめについて、いまの子どもたちが学校で置かれている現状に即して考えたいと思います。

 

いじめの現状について

1 いつ、どの子がターゲットになってもおかしくない

 まずは、いまの子どもたちが学校で置かれている現状について、おおまかにでも、お伝えしておきたいと思います。いじめの現状がどうなっているか、からお話ししましょう。

 小学校四年生から中学校三年生までの六年間で、九割の子どもが一度はいじめや仲間外しの被害者になっていると言われます。いつ、どの子がターゲットになってもおかしくないのが現状なのです。また逆に、小学校四年生から中学校三年生までの六年間で、九割の子どもが一度はいじめや仲間外しの加害者になっていると言われます。

 すべての学校には、いじめがあります。いや、小学校高学年から中学校にかぎっていうと、すべてのクラスにいじめらしきものはある、と言っていいかもしれません。さらに言えば、いつ、どの子どもがいじめられてもおかしくない。いつ誰が排除されてもおかしくない。そんな状態にあるのです。

 かつてのいじめは、いじめっ子と、いじめられっ子が固定されていました。たとえば、A君がいじめる側で、B君がいじめられる側、その周囲に、それをはやし立てる観客と、ただ見ているだけの傍観者がいる、というのが、基本の型でした。 しかし、今は、かつてよりも、はるかに流動的です。いつ、どの子がターゲットにされてもおかしくない。いつ誰が加害者になって、いつ誰が被害者になるか、はるかに流動的です。

2 「グループ」との関係で、いじめが起きる

 思春期の女の子たちの世界はいびつで、学級はさながら戦場のような状態です。

 そうした中でも最悪は、中学校二年生の学級内の女子の世界です。

 いまのクラスでは、二人から四人の小グループがいくつも存在しています。そしてそれが島宇宙のように点在しています。これらのグループは、お互いにつかず離れずで、あまり関係を持っていません。そしてこのグループがものすごく排他的です。特に思春期の女の子にとっては、このグループが自分の世界のすべてです。そこから排除されないよう、孤立しないように、死に物狂いになっています。子どもたちは孤立を何よりも恐れます。クラスに友だちがいないことほど惨めでつらいことはないのです。

 しかもこのグループには、なんとなくランクづけのようなものがあると子どもたちは感じています。誰か明確なリーダーがいて支配しているのではありません。なんとなく、かわいくて人気があるのがこのグループ。地味でダサいのがこのグループ、といったようになっています。

 最近、「格差」という言葉がよく用いられますが、中学生女子の世界ほど、明確な格差が存在する社会は存在しない、と言っていいように思います。いや、小グループを単位として、それぞれのグループには上下のランクづけが存在しており、しかもそのランクづけは、多くの場合、家柄や容姿、身体的特徴などの、本人の努力によってはいかんともしがたい要因によって決まってしまいます。

 スクールカースト、という言葉もよく用いられます。学校における子どもたちの社会が階級社会!?そんなふうにぎょっとされる方もいるかもしれません。

 私は一瞬、唖然とさせられました。しかしたしかに、中学生から高校生くらいの女の子たちをよく見ていると、容貌、ファッションセンスなど、なんとなく似た感じの子同士がいつもいっしょにいます。そしてその似たもの同士のグループ(二人から四人の小集団)で、たえず行動を共にしているのです。それってどういうことなの? 私がたずねると、先の女の子は答えます。

「だって、たとえば渋谷のお店に服を買いに行くとするでしょ。私たちが好きなブランドのお店って、ちっちゃいサイズしか置いてないんだもん。太っていると、いっしょにお買い物もできなくなるの」。

 なるほど、これは、ある種の階級社会にちがいありません。スタイル、ルックス、ファッションセンス、成績、言葉遣い・・・などが似た者同士が寄り集まり、グループをつくって、同じ行動をしていく。その結果、太った子、可愛くない子、機転のきかない子、特異な趣味のある子は自然と置き去りにされ、仲間から外されていくのです。そしてそれが怖いからこそ、女の子は必死で痩せ続けるのでしょう。その背景にあるのは、仲間はずれへの恐怖です。

 女の子の痩せ願望を理解するとき、思春期特有の身体イメージや、マスコミによる偏った情報の問題などが指摘されることも少なくありません。これらもたしかに重要なファクターでしょう。しかし、彼女たちの一番の不安は、こうした学校での人間関係や学級集団の中での、自分の位置づけです。同性の友人たちからいかなる眼差しが浴びせられるか。それにより、学校や学級の中での自分の位置やランクが決まってしまうのです。ある意味では、サラリーマンよりはるかに厳しい競争社会です。

3 いじめっ子VSいじめられっ子」ではなく、「グループ化」と「グループ内での同調圧力」、そこからの「排除」として、いじめが起きる

 先に私は、「思春期の女の子たちの世界はいびつで、学級はさながら戦場のような状態です」と申し上げましたが、それは、このような子どもたちの世界の現実を見聞してのことです。いつ、誰を、排除するか、されるか。そのことに子どもたちは非常に敏感になっていて、自分がターゲットとされるようになることをつよく恐れています。

 その中で、あるとき、上位グループのリーダー格のA子が、気晴らしのために、下位グループのC子をターゲットに選び、「ねえ、○○をハブにしようよぉ」と言い始めます。その子と仲がいいことでクラスの中の地位を確保している、いわば側近のB子がそれに追従します。そうしなければ自分がいじめにあうからです。ほかの子も、自分の身を守るために、見て見ぬフリをします。・・・学級内でのいじめは、たとえばこんなふうにして始まるのです。

 現実に、こうしたことが多くの学級で日常的に起きています。いじめの背景には、このような学級内での「グループ化」と「グループ内での同調圧力(これをピアプレッシャーと言います)」、そこからの排除の構造があります。

 実際、スクールカウンセラーをしている私への相談で一番多いのが「仲間はずれにあいそうなんだけどどうしよう」というものです。なかには三人くらいで相談に来て「○○さんのこと仲間はずしにしたいんだけど、どうしたらいいですか」などとあからさまに言う子たちもいます。いつ排除するかされるか、わからない。そのことに中学生くらいの女の子たちは、みんな、どこか脅えています。孤立するのを恐れて、自分を消して、グループに同化しようとします。特別ないじめられっこだけでなく、みんな脅えているのです。

4 SNSを主戦場としたいじめ

 同調圧力によるグループからの「排除の武器」としてSNSが使われます。かつての不幸の手紙のように、いじめで服を脱がされて下着姿になっているところを携帯カメラでとってLINEで送るといった仕打ちも行われています。

 LINEによる仲間外し、がいじめの主戦場となっていると言っていいほどです。気にいらない子が、LINEで既読をスルーした(返事をせずに放置した)としましょう。それを機会に、その子が、グループから排除される、といったことがあります。LINEへの返信は一分以内に、という暗黙のルールがあるために、お風呂にも、ベッドにもスマホを持って行っていつでも返信できる状態に自分を置いておく人もいます。

 全国の小学校、中学校、高校で、いじめの話になると、必ず「LINEはどうにかならないものか」といった内容で議論が交わされています。私の印象では、いじめや仲間外しのきっかけの5割以上が、対面式のいじめではなく、まずはLINE等の電子メディアの場で主戦場として行われています。

 私の相談で一番多いのは、不登校ですが、不登校のきっかけも、学校で直接何かを言われた、何かをされた、というケースよりも、LINEで〇〇と書かれた、といったことが気になって学校に行くことができなくなっている場合が少なくありません。

 

大人にできること 「援助を求めることができる場」の重要性

 では、こんな現状に対して、私たち大人は何ができるのでしょうか。

 一つは、子どもたちが安心して逃げ込める場、助けを求めることのできる場、つまりセーフティネットをたくさん用意しておくことができないか、ということです。

 かつて、こんなことがありました。ブルブル震える女の子がカウンセリングルームにやってきました。その子は言います。

「先生、このまま教室にいると、私、友達のこと刺しちゃいそう。しばらくここにいさせてもらえますか」「もちろん、どうぞ」

 そう言って迎え入れると、その子はムカツク友だちに無理して自分を合わせてつきあっていたら、いらいらしてきて、気づいたらコンパスを握って震えていた。そんな自分がこわくなったからここに逃げてきた、と言います。そんなことを十分くらい話したでしょうか「じゃぁ授業に行ってきます」と自分で教室に帰って行きました。

 こうした経験から私が考えるのは、子どもたちが安心して逃げ込める場、助けを求めることのできる場、つまりセーフティネットをたくさん用意しておくことができないか、ということです。

 学校でできることとして私が提案したいのが、「こころの第二担任制」です。教育相談週間などで、「担任ではなく、自分がこの先生になら話せる、という先生を子どもが選んで2人きりで十五分ほど話をする」そのチャンスを学期に一回つくるのです。

 以前、中学二年生を対象にしたある調査で「あなたが悩みを相談できない先生は誰ですか」を調べたことがあります。するとダントツトップが学級担任だった、ということがあります。

 これは何も、その担任がダメ教師だった、ということではありません。関係が近すぎると、思春期の子どもは大切なことを相談できなくなるのです。

 思春期の子どもは、深刻な悩みであればあるほど、担任や親など、近すぎる人には相談できません。むしろ「少しななめ位の関係にある人」のほうが相談しやすいものです。

 学校にはいろんな大人がいます。担任だけにこだわらず、子どもが自分で選んだ先生と相談できるようなシステムを積極的につくっていきましょう。親でも担任でもなく、「ななめの関係」という点では家庭教師や塾の先生なども、思春期の子がいじめについて、相談をしやすいポジションにいると考えられるでしょう。 

 もうひとつは、子ども同士の助け合い、ピアサポートと言いますが、これを行うことです。たとえば中三や小六など、上級生の子どもの一部にカウンセリングのエッセンスを教え、下級生の相談にのってもらうのです。高校生が中学校に行き、中学生が小学校に行ってもいいでしょう。子どもたちにとって教師よりずっと身近で相談しやすい存在です。

 ある中学校でやっているのは、生徒が自主的にいじめ撲滅をめざした組織をつくり、いじめの相談や、昼休みのいじめパトロールなどを行うという実践です。これは、たいへん効果的でしょう。こうした活動の積み重ねによって「いじめはダサいこと、かっこう悪いこと」という感覚が生まれ、学校全体が「正義の共同体」に生まれ変わること。それが何よりも重要です。

 地域でできることは、もっとLINE相談ができる機関を充実させることです。最近の子どもたちは、悩みを語る力が弱いので、電話での相談は好みません。電話相談ではなく、LINEでの相談の場を増やすことです。

 親御さんにできることは、「学校に行きたくない」「眠れない」「おなかが痛い」などのシグナルを敏感にキャッチすること。子どものつらさを理解することです。時には、無理して学校に行くのをとめて、お子さんを休ませることも必要でしょう。

 まずわが子のいのちを守ることが先決です。「これはいじめにあっているのでは」と思われ、本人もそう言う時には、ためらわずに学校を休ませましょう。そして「何があっても私はお前を守るから」と宣言し、すぐに学校と連絡して対応策をねってください。

 難しいのは、あまり親が敏感になりすぎて「お前、いじめにあっているんじゃないか」などとくどく聞きただしすぎることです。あまりあれこれと聞かれていると、子どもは親を拒絶するようになります。もしいじめにあったとしても「うちの親にいうと、面倒臭くなるにきまっているから」とかえって口を閉ざすことになりかねません。

「つらいことがあったときに、親に言える関係」を日ごろからつくっておくことが何よりも大切です。「うちの親はわかってくれる。何かあっても騒ぎすぎず、私の気持ちを第一に考えてくれる」このような安心感、安全感を親と子の間につくっておくことが何よりも大事です。

 いじめられた子が転校せざるをえなくなることもあります。いじめた子が学校に楽しく通っているのに、いじめられた子が学校に行けなくなるのはおかしい、理不尽だと言う方もいます。私もそう思います。いじめは犯罪に等しい、卑劣な行為です。いじめた子には、出席停止も含めた厳しい対応が必要だと思います。

 ある私立中学では、毎日のようにトイレに特定の子どもの悪口が書かれていました。教員が消しても消してもまだ書かれています。

 教員全員で見張った結果、いじめた加害者が特定されました。その学校では、放課後にその生徒と保護者を呼び、その場で退学の処分をくだしました。この学校では、罪のないいじめられた子を守ることを何よりも優先する方針をとっていたのです。去るべきは、加害者であり、被害者ではありません。

 しかし公立の学校では、まだ、このような徹底した方針をとることはなかなかできません。

 だとしても、いじめが起きた後も、クラス替えなどの対応をせず、いじめられた子をいじめた子がいる学級に通わせようとするのは、ふつうに考えると、たいへんおかしなことです。いじめられた子どもの気持ちに立ってみると、とても通えるものではありません。 このようなシステム面での対応についてはもっと文部科学省が力強くリードしていかなくては、なかなか現場からは変えることができないものです。

 

いじめられた相談を受けた時に「言ってはいけない3つの言葉」

 最後に先生方や親御さんに絶対にしてほしくないことをお願いします。

 せっかく勇気を振り絞って相談してくれた子どもに対して、

「あなたにも、悪いところがあるんじゃないの」「そんなことくらい、気にしないようにしなさい」

「もっと強くなりなさい」

 この三つの言葉を絶対に言わないことです。

「そんなことくらい、気にしないようにしなさい」「もっと強くなりなさい」といった言葉で片付けようとされると、子どもは「軽くあしらわれ見放された」と思い、絶望します。「この人は僕の苦しさを真剣に受け止めてくれない。わかってくれない。この人に話しても無駄だ」と思われてしまいます。

 いじめられている時に、子どもはひどく傷つき、自分なんか生きている意味がないのではと思うほど否定的な気持ちになっています。そんなとき「あなたにも、悪いところがあるんじゃないの」と言われると、子どもたちは立ち直ることができなくなります。いじめられていても周囲の大人に相談できない子どもは、親や教師のこうした心無い一言で傷ついている場合が少なくありません。

 学校、地域、親・・・すべての大人が力を合わせて「子どもたちが助けを求めやすい環境」(援助希求できる場)をつくりましょう。「いじめをどうやって発見するか」に力を注ぐよりも、「いじめられる子に、どうやって安心して、SOSを出してもらうことが出来るか」と発想を変えるほうが健全です。 そして、もし助けを求められたり、相談されたりしたら、親、教師、スクールカウンセラーが三人いっしょに居合わせて「何があっても、君たちを守る」と力強く伝え、まずはゆっくり話を聴くことにしましょう。

 

いじめに関するQ&A

 最後にいただいた質問について紙幅の都合が許す限りお答えしましょう。

1 被害者について

・いじめられたと受け止めた人ができる行動は何がありますか?

 とにもかくにも、逃げること、助けを求めることです。いじめられている時に助けを求めるのは、恥ずかしいことではありません。自分の尊厳を守るために、助けを求めまくるのです。

・いじめられた人の耐性を強くすることはできますか?

 耐性を強くする必要はありません。いじめられた人に耐性を求めるのはブラック企業に勤務しながらそれに耐えろ、と言っているようなものです。大切なのは耐えることではなく、逃げること、助けを求めることです。

・現代人はいじめに対して弱くなっているのでしょうか?

 弱くなっているかもしれません。しかし、もしそうであるとするならば、それは日本社会が少しはまともになっていることの証であり、よいことです。

・いじめられた経験は人生にどのように影響しますか?(プラス面マイナス面など)

 よい点など一つもありません。人生を大きく狂わせます。

・いじめられることで自分に責任はありますか?

 まったくありません。たとえ自分に欠点があったとしても、それは「いじめられてよい理由」にはなりません。欠点はすべての人間にあります。けれど、いじめてよい理由にはなりません。

2 加害者について

・いじめている人はいじめていると自覚しているのでしょうか?

 している場合としていない場合があります。

・いじめている人は心に問題を抱えていますか?

 抱えています。人が苦しむ姿を見て快楽を感じています。

・人はいじめることで何か損得になることがあるのでしょうか?

 快楽を感じます。それは人間の残酷な性であると言えるかもしれません。

・いじめていた子に対するケアも必要だと感じます。具体的にどんなケアがされているのか教えてください。

 その子が自分自身の行動を観察し、コントロールできる力を獲得するようなケアが必要です。人に残酷なことをしたいという衝動が生じたときにそれを自覚するプログラムなどです。

3 周りの子どもたち

・いじめに関する事件が起こった場合、周りの子どもたちへの影響もかなりあるかと思われます。そんな時に親として出来ること、しなければならないこと等、その後のケアの重要性を教えてください。

 大きな心の動揺が起きます。周囲の大人は、「言って聞かせる」のでなく、「話をよく聴くこと」です。ただし、あれこれ問いただして質問攻めにしないようにすることも大事です。「子どものほうから話をしたがっているときに大人が聴く」のが原則です。

4 大人1(保護者)

・いじめをさせないために家庭でできることはりますか?

 テレビなどでそういう場面を見たときに「人間としてどんなに卑劣で許されないことか」「絶対にしてほしくないこと」を話し合っておくことです。

・学校のPTAや市町のPTA連合会という組織としては何か出来ること、すべきことがあるでしょうか?

 「校門から五分くらい歩いたところ」「人目につきにくいところ」「トイレ」などがいじめが最も頻発する場所です。可能な範囲で大人の目があると防止に役立つでしょう。

・いじめられる対象が発達障がいの児童生徒であった場合、特に留意しなければならない点、または、特異性があればご教授下さい。

 他の子の気持ちを害する言葉を発して、いじめに発展することがしばしばあります。親としては注意し指導したくなりますが、これが先に述べた「あなたにも悪いところがあるでしょう」という指導と受け取られて、子どもが心を閉ざすきっかけになりえます。「子どもをいじめから守る」ことと、コミュニケーションの指導とを分けて、「いじめから守る」ことを優先しましょう。

5 大人2(教師・教育委員会)

・いじめ防止対策推進法は機能しているのでしょうか?

 まったく機能していない、ということはありません。しかし不十分です。

・各自治体でのいじめ対策会議などは常時の活動として何をするべきでしょうか?

 事後的な対処に終始するのではなく、もっと予防や、子どもが援助を求めやすい工夫に注力すべきです。

 
ページの先頭へ